落果聖のたいにーblog

文章練習にアニメの感想とか書くblog

アクアリウムの吸血鬼

 手首にカッターを当ててる3秒間だけ生きている気がした。男の射精みたい。
 痛みと気持ちよさが同居する感覚はやってみないと解らないと思う。でもそんなことを言う相手は居ない。
 いたらきっとやってない。
 私は欠陥品で、クラスに居る場所なんて無いのだから。
 血がぽたりと床に落ちる。

 ため息を吐く。手首はズダズダでもうお嫁には行けないだろう。
 お嫁に行く?
 友達もできないのに?
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。

 お昼休み開始直後の屋上。
 そこだけが私の居場所だった。雨の日だって私はそこ以外の場所に居たいとは思わない。クラスという名のアクアリウムは酸素が足りない。酸素が足りないから地表にでて呼吸をするしかない。
「ねぇ」
 女の子の甲高い声が聞こえた。
 私は必死になって周りを見渡した。誰もいない。誰もいないからここを選んだんだ。わざわざ廃部になる天文部を選んだのだって、この場所を確保するためだ。
 ここは私の世界だ。
「なにそれ、必死すぎない」
 女の子はくすくす笑いながら貯水槽から飛び降りて、私の左手を握った。左手はからはまだ血が流れ出ている。
「ねぇ飲ませてよ。どうせ拭いて捨てるんでしょ」
 私の理解が追いつかない。
 日常だって、ワンテンポ遅れて反応することが多いのに、こんな変な奴の相手なんて出来るわけ無い。
 顔をぎゅっと近づけてくる。青い瞳が奇麗だった。それに映る私は酷く醜かった。
「私ね。吸血鬼なの」

 

 吸血鬼を語る少女。肩まで伸びるさらさらの金髪と青い瞳が素敵な少女。本物だったらきっと今頃日光で消滅してる。嘘つき少女。
 嘘つき。
 私も一緒か。
 クラスで会わせるために私は嘘をつき続ける。
 そしてたまった嘘をここで流す。
 そしてこの嘘つ鬼あるいは吸血鬼はその嘘が食べたいらしい。

「いいよ。舐めれば」
 内の制服着てるけど、こんな目立つ奴うちの学校の奴じゃ無い。いたら絶対に話題になる。そしてくだらない嘘つき共の餌になる。
 どうやって入ってきたか知らないけど、とりあえず私は舐めさせることにした。
 どうしてって?
 別にどうでも良かったから、流れ出てくる血の事も、こいつが吸血鬼なのも
「いやーありがとう」
 そう言うとその少女は私の手首をちろちろと舐めた。家で飼ってたハムスターが給水器で水を飲むのを私は思い出していた。
 手首が痛む。
 痛いって事は生きているって事で、
 この子は本当に存在する。

 

 私と吸血鬼にルールは無い。
 ただ、私が我慢できなくなってここまで来てカッターで切る。すると奴は私の血を舐めに来る。

「首からすったりしないの?」
「それね。私ハーフだからいっぱいは要らないんだ。少しで良いの。少しで。その少しを集めるのも一苦労なんだけどねー」
 少女は語る。
 現代における吸血鬼はいっぱいのルールですんげーめんどくさい。
 と言う事をめんどくさそうに語ってくれた。

 血は配給制献血の基準が厳しいのは吸血鬼への配慮。ハーフは迫害される。
「あんたも一緒だね」
 私はそう言った。だって私の居場所はここだけだし、吸血鬼の居場所もここだけ。
 だからといって友達とは言い難い。同じ場所に住んでるからと言って人間とゴキブリが友達って話を聞いたことは無い。
「一緒だね」
 吸血鬼はそう返事をした。

 私は会話したい事がなかった。と言うかクラスで会話を会わせる為の会話しかしたことなくて、自分の話をすることが良くわからなかった。
 吸血鬼は違った。
「同族の血はね。まずいんだよね。人間だって基本的に共食いしないでしょ」
「まず血を飲もうって発想しないよ」
「じゃあ飲んでみる?」
 吸血鬼は私からカッターナイフを奪い取るとスカートをたくしあげて、内太ももを切った。白いパンツが丸見えなのもお構いなしだ。
「パンツ見えてる」
「人間に見えたぐらいで恥ずかしいわけないじゃん」
 そういやこいつ吸血鬼だっけ?
 やっぱり私からして見ればこいつは餌とか、ゴキブリとかそう言う認識なんだろうな。
 クラスってアクアリウムを外から見ながらガラスをトントン叩いて反応を楽しむ。
 そんな奴なんだ。
 私は言われるがままに内太ももから流れ出る吸血鬼の血を舐めた。
 鉄の味。人間の血の味。
「まぁ半分人間だし」
「私吸血鬼になったりする?」
「なりたいの?」
「なったらクラスの奴の血を全員吸ってやる」
 こんな場所に追い詰めた奴らを片っ端から虐殺だ。
 そして私の帝国を作りあげる。
 血と本物だけの帝国。
「辞めときなよ。処女以外の血は不味いよ」
「……ナプキン欲しい?」
「私を何だと思ってる訳よ」

 

 吸血鬼との会話は楽だった。嘘つく必要無いし、無視しても気にしないし、私がてきとーにクラスの内情をぶちまけても、こいつはクラスにいないから関係無いし。
 都合が良かった。ただひたすらに。

 でも同じ時間は続かなかった。
 吸血鬼のアイツは同じ時間を延々と繰り返しているみたいと言っていた。
 私は違う。半年もすぎればクラスも変わる。クラスメイト共とおさらばできる。

 そこで私は友達ができてしまった。
 作る気は無かった。だって面倒だし、クラスってアクアリウムは毎日戦争でめんどう。
 でも彼女はそのアクアリウム水草だった。
 私は泳いで他の魚とぶつからないように必死だった。でも彼女は水草だからぼけーっとアクアリウムで漂っていた。
 隠れるのには丁度良かった。
 彼女は読書家だった。それはクラスで栄光ある孤立の為の道具だったのか、それとも本当だったのか、私は知らない。
 でも私に本を貸してくれた。
 喋る気が無いから、何を喋って良いか解らないから、だから隣の席の私に本を貸したんだと思う。
 茶髪に染めてヤンキーみたいな恰好してる私にそんな事をする彼女だ。
 たぶん彼女の方がヤンキーだと思う。

「楽しかった」
 私は借りた本を読んで机に叩き付けた。
 彼女は特に私に本の感想を聞くことも無く、バックから次の本を取り出した。
「……ありがとう」
 私、変人を惹きつけるフェロモンでも出してるのかも。

 

 私は屋上に向かっていた。あいつに会うためだけに。
 私はリストバンドを外す。醜い手首が見える。
「久しぶりだね。飢え死にするかと思った」
 あいつが来た。
「そっか、じゃあ詫びも込めて」
 私はスカートの裾をめくって自らの太ももをカッターで傷つけようとした。
 吸血鬼は私の手を止めた。
「止めて」
「どうして?」
「私の為に血を流さないで、私はおまけで舐めてるだけだから、私の為に血を流したらそれは違うよ」
「でもそうしなきゃあんた来ないじゃん」
「元々会うべきじゃ無かったんだよ。どこまで行っても吸血鬼と人間だもの。そしてどっちも行く当てが無かった。でもクラスでも生きていけるようになったから来なかったんでしょ。春休みで来なかったのあるけど」
 その通りだ。私はクラスでも呼吸ができるようになった。ちっちゃなちっちゃな水草の中でひっそりと生きていく事ができる。
 友達と言っていいのか解らないけど、一緒に居て苦しくない。
「でも私は」
「私は従者が欲しいわけじゃ無い。血が欲しいだけ」
「友達じゃ駄目なの」
「何時かきっと壊れるからね。人間と吸血鬼の末路はいつも悲惨なんだよ。だから卒業して居なくなる学生の血を吸うことにしてるんだ。それが早くなっただけだよ」
「じゃあ貴方の居場所は?」
 ハーフで迫害されて、学校の屋上以外にいられない彼女。
 本当にひとりぼっちになってしまう。
 それは違う気がした。それは間違っている気がした。
 言葉にできない。でも感情が激しく波打つ。
「私? 私なんて最初からいないんだよ」
 そう言うと彼女は少しずつ霧のように消えてしまった。